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知れば知るほど奥深い「和食」の歩み

知れば知るほど奥深い「和食」の歩み

長い歴史を経て多彩に変化してきた日本の食文化。今や、ユネスコ無形文化財に登録された「和食」はどのような歴史を歩んできたのでしょう。

和食の主な歴史を見てみましょう

  • 弥生時代 紀元前400年頃

    米を主食にしておかずを食べるスタイルが発生


  • 飛鳥・奈良時代 675年頃

    「肉食禁止令」発布。後の和食文化に大きく影響

  • 平安時代 800年頃

    公家による大饗料理が作られる


  • 鎌倉時代 1200年代

    僧侶が精進料理を広める


  • 室町時代 1300年代

    武家による本膳料理が作られる


  • 安土桃山時代 1500年代後半

    茶道から懐石料理が発祥


  • 江戸時代 1600年代後半

    1日3食の習慣が定着


  • 現代 2013年

    和食がユネスコ無形文化遺産に登録

  • 1. 公家の料理様式「大饗料理」

    日本でもっとも古い儀式料理です。料理をすべて1つの大きな卓にのせるのが特徴で、料理の皿数は必ず偶数。魚や干物を切って並べていました。また、貴族の間で人気だったのが「蘇」という乳製品。味は甘美で、バターかチーズの元祖という説も。
  • 2. 僧侶が広めた「精進料理」

    中国で禅宗を学んだ僧侶が伝えた料理様式です。この時代にも肉食禁止令は生きており、それを守ろうとして植物性の食材で工夫しました。今も使う“精進します”=“修行する”という意味は、ここからきているそう。
  • 3. 武家の料理様式「本膳料理」

    武家がお客をもてなすための料理で、奇数の膳組みが基本。お酒を中心とした献部と、食事を主とする膳部で整えられます。この頃から昆布だしが使われていたという最古の文献が残されています。
  • 4. 茶道から発祥「懐石料理」

    千利休が確立した茶道から発祥した料理です。今は高級料亭が出すイメージかもしれませんが、本来は“作法に縛られずお茶を飲む前に料理を楽しむ”というスタンス。季節を重んじた旬の素材にこだわるのも特徴でした。

食事作法の原点はココにあります

現代の食事のマナーは室町時代の武家礼法がベースとなっており、それを広めたのは小笠原家でした。後に小笠原流・伊勢流など礼法の流派が分かれ、室内での所作を得意とした小笠原流は江戸将軍家の礼法指南役に。今、書店に並んでいるマナー本のほとんどは、根本的に小笠原流に基づいています。

身に着けたい、箸をとる所作

和食を食べるときに欠かせないのが、お箸。子どもの頃に使い方を正された人もいるかもしれませんが、意外と”箸をとる所作”は知られていないのではないでしょうか。

食事のルール「嫌い箸」

「嫌い箸」とは、単に好ましくない箸の持ち方だけを指すのではなく、食事のマナー違反など全般をいいます。周りの人たちに不愉快な感じを与えないことが基本です。

<代表的な嫌い箸>

お刺身・焼き魚のいただき方

お刺身の食べ方で注意すべきは、しょうゆ皿。手にとり、胸元あたりまで持ち上げていただくと美しい姿勢を保てます。焼き魚は、左側から一口ずつ。小骨や皮は皿のすみにまとめて。

ご存知ですか? 和食トリビア

  • 餅の形に公家と武家の差?

    雑煮の発祥は室町時代とされ、公家ではおもてなし料理でした。当初は丸餅のみでしたが、江戸時代になると角餅が登場。のして(=伸ばして平らにして)切ることで敵を征圧…武家ではそんなイメージを餅に持たせ、公家との差別化を図ったようです。
  • 驚き! 箸のマナー

    ご飯に箸を突き立てる…。現代では亡くなった人にお供えする枕飯くらいしか見ませんが、平安時代では食事を供する際の正式な作法だったそう。ちょっと驚きですね。
  • 食事の回数も変化

    現代の食事は1日3回ですが、平安時代は1日2回が基本。3回になったのは鎌倉時代からといわれています。江戸時代は大人一人あたり、1日5合近くの米を食べていたという説も! 一汁一菜とおかずは質素で、カロリーのほとんどを米で補っていたようです。

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